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BAJ★ミャンマーブログ

ミャンマーで活動するNGO駐在員の日記 (ヤンゴン、ラカイン、パアンから)

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BAJミャンマー駐在員

Author:BAJミャンマー駐在員

~アジアに架ける橋~
特定非営利活動法人ブリッジエーシアジャパン(BAJ)は、技術訓練や収入向上支援、生活環境の基盤整備を通しアジアの困難な状況に置かれた人々の自立を支援しています。

こちらのブログではBAJのミャンマー駐在員が活動を紹介しながら日々の出来事、喜び、驚きを日記にします。

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2016.12
05
Category : 中央乾燥地域
BAJでは、長い間、ミャンマー中央乾燥地域で井戸掘削して、
村落住民の水不足に貢献してきました。

その効果について、少しでも多くの人たちに知ってほしく、
先日、学会でその成果を発表してきました。

<学会入口>
161201_1_学会入口

その内容の一部を抜粋してみなさまにもお知らせしたいと思います。

2001年12月にマンダレー地域ニャンウー郡X村に井戸が完成しました。

それまでは、村の水源は村にあるため池。
ため池が枯れると往復2時間かけて水汲みしていました。

不定期に川からくみ上げた水がパイプラインで供給されることもありましたが、
電力が足りず不定期に水が配給される状況でした。

村の中に井戸ができたため、水汲みが村の中で10分ほどできるようなりました。

これまで、水汲みにかける時間は、機会費用として大きなコストがかかっていました。
それが、短期間で水汲みが終えられるので、生産労働にいそしむことができるようになったのです。
機会費用は大きく減少しました。

村には水管理委員会が設置されて村人自身で井戸を運営してきたのですが、
村に住む一人のビジネスマンが、セクレタリーとエンジン操作者と会計係を兼務して、献身的に会をまとめてきました。

会計帳簿は井戸を使用しはじめてから一日も欠かさずつけられています。
2014年までを集計すると約380万円相当のお金が井戸で生み出されています。

この地域の人たちは、水運搬に多大な時間と労力をかけてきましたので、井戸水を買うことに抵抗がありません。
うち200万円は既に支出されています。

内訳は、10%が井戸修繕関連に使用されています。
残りは、教育や社会開発の目的に使用されていました。

<学校校舎>
161201_2_学校校舎

<学校教室>
161201_3_学校教室

村は、自助努力で学校をたてなければならず、井戸水売り上げ積立から土地を購入し教室やトイレが作られました。

現在では、村の中で中学課程まで学ぶことができるようになっていました。
その他にも、クリニックのための薬代や植林、井戸完成10周年記念式典費用、
日本の東日本大震災のお見舞金にも使用されていました。

まだまだ、村には変化がありました。それについては、次週アップするPart2にてご報告いたします。
お楽しみに。

(A)
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2015.05
22
Category : 中央乾燥地域

みなさま、ご無沙汰しております。正治です。
私事ですが5月上旬に東京事務所に戻ってまいりました。
はじめに、皆さまのご支援のおかげで今年度も中央乾燥地の生活用水供給事業を実施できましたこと、改めまして心より御礼申し上げます。これからしばらくマグウェ事務所は日本人の駐在員はいなくなり現地スタッフが中心となりますが、引き続きヤンゴンと東京から遠隔で関わっていき、中央乾燥地での生活用水供給事業は続いていきます。

今日のブログ記事は、マグウェを離れる前に起こったある出来事、というよりも、あるミャンマー人スタッフについての思い出です。BAJの現場ではこういうことがあるんだなぁと身近に感じてもらえれば幸いです。

掘削チーム



マグウェを離れる前の最後の休日。誰もいない事務所で片付けをしていると、とつぜん誰かがやってきました。元スタッフのTです。

TはBAJ内で期待された若きドリラーでした。深井戸掘削に必要な経験、体力、知識、それぞれ十分に併せ持った人でした。何よりの強みは気配りとやさしさ。周りからとても好かれる、気のいいあんちゃんでした。ですが、彼には一点だけ他のスタッフが受け入れることが難しい弱点がありました。お酒です。
何度か警告を出して、同じ掘削チームメンバーも彼を支えようと努力してきました。しかし、ある日、とうとう掘削リーダーが神妙な顔で「彼を外してくれないか」と言ってきたため、ドリルチームを離れてもらうことになりました。
まったくTの弱点はお酒だけでした。マグウェ事務所の活動への理解力も高く、何より他人への共感能力の高い人で、ちょっとした手伝いや雑用にも協力的でしたので、私は彼に酒を控えることを条件に、オフィス付のウォッチマン(警備員)になってもらいました。
しばらくは周りのスタッフから「彼は心を入れ替えた」「変わった」などといわれ「掘削チームに呼び戻したい」という意見も掘削リーダーから出るほどでした。実際に短期間サポートしてもらったこともありました。しかし、半年が過ぎた頃、またお酒を飲むようになってしまいました。

いろいろありました。
結論からいいますと、彼にはBAJを辞めてもらうことになりました。

掘削の様子


「日本に帰るんですか?」
「帰ります、明後日です。Tはいまどこに住んでいるんですか?」
「チャウパドンにある村の実家です」
「じゃあ家族と一緒に住んでいるんですね、それはいいね」
お互いカタコトの英語で会話をします。BAJのミャンマー事務所内では基本的に英語で仕事をします。日本人もミャンマー人も慣れない英語をしゃべります。すると、妙な連帯感のような、何を言いたいのか察し合うような雰囲気が生まれます。これはテレパシーではないか、もう言葉なんてデタラメでいいんじゃないか、と思うような瞬間もあります(ただの錯覚かもしれませんが)。

「今日はなんでマグウェに来たんですか?」
「お姉さんに会いに来たんです」
「お姉さんは元気ですか?」
「元気です」
「ところで、いまは何の仕事をしていますか?」
「うーん、…」
困ったように笑っていました。
でも私は心配しませんでした。なぜなら彼はとてもいい人間だからです。

こんなことがありました。彼がウォッチマンのときです。ある日、事務所の門と警備員の詰所のあいだにあるスペースに大量のプラスチック製のイスが置かれていました。あきらかにオフィスの備品ではありません。
これは何ですかとTに聞くと「事務所の前の露店のイスです」との答えが返ってきました。意味がよく分かりません。なぜ我々と何の関係もない店のイスがこんなにたくさん置いてあるのですかと聞くと「彼らの家はここからとても遠いのです、だから置いてあげたのです」とのこと。
Tの答えはあまりにも無邪気で善良でした。
あっけにとられた後に、一気にまくしたてました。
オフィスとあの店は何の関係もない、あなたの個人的な関係にすぎない、近隣との付き合いは重要だし、あなたの行動は理解できる、しかしなぜ独断でやったか、イスを置きたいなら、それをあなたの直属の上司に相談するべき、それが組織、これはあなたのためでもある、あなたが勝手にやったら周りのスタッフはどう思うか、あなたは好き勝手やっている悪いスタッフだと誤解するだろう、そうなるとあなたの組織内での評価は下がってしまう、とにかくイスをここに置くことはできない、置きたいならリクエストレターを書け――
言っているうちに自分自身にうんざりさせられました。
なぜなら、Tの行動は基本的に善意の行動だからです。
組織的には彼の行動はアウトです。身勝手ですし誤解を生む行為です。しかし、人としてはどうでしょうか。人の役に立ちたいという思いは、組織的な手続きよりも優先されてしかるべきじゃないか、俺のほうがよっぽど心のせまいケチな人間ではないか、イスくらいいいじゃないか、別に……。
人間的にはTの方が正しいでしょう。おそらくTのような人間が多くいた方が世界は豊かで平和なのです。

中央乾燥地風景


組織の論理あるいは仕事の論理は強力です。世界的にはTのようなナチュラルに組織に反するふるまいは「ちょっとヘンなもの」「常識はずれのもの」として淘汰されていくように思います(わかりやすく言うとクビになってニートになってしまうでしょう)。その流れはとても大きなものです。NGOは普通の企業ではないのですから、そうした流れから零れたもの、あふれたもの、余剰にある何かをすくい取ることが得意なはずですし、ときには勇気を持ってそうしたものを守らなければいけないとも思います。誰もが整然と仕事の論理で動くのは間違いだと、どこかで誰もが思っています。だからこそ、世の中にはたくさんのNGOがあるのではないでしょうか。しかし、現実にはなかなか難しい。ひょっとすると俺のしていることは単なる弱い者いじめで、世界をつまらなくすることに加担している大バカ野郎なのではないかと思えてくることがあります。いつも迷いや困惑を感じながら、これでいいのかと思いながら、前に進んでいきます。
イスは翌日にはなくなっていました。夜、詰所のTを伺うと、何事もなかったような気さくな笑顔で「おやすみなさい」とあいさつしてきました。なぜだか、ほっとしたことを覚えています。

中央乾燥地風景2


「若だんな、ちょっといいですか」といって、Tが突然一歩うしろに下がりました。
「あなたは私にとって親のような人です」
そう言って、いきなり膝をつき、手を合わせ、額を床につけました。
日本人から見ると土下座のように見えます。びっくりしました。

ミャンマーの人たち、とくにビルマ族の人たちは敬虔な仏教徒が多いですが、タディンジュという雨安居明けの満月の日には親や先生に贈り物をして拝んだりします。彼のやったことはその伝統に則った所作でした。
何度も額を床につけます。勢いがありすぎて「ゴツッ」という少々心配な音が事務所に響きました。
はじめは恥ずかしさと気まずさを感じましたが、Tが拝み終わるのを待っているうちに、そうした余計な感情が洗い流されていくように感じました。
Tの丁寧な所作を通して、ミャンマー文化の優しさや美学が伝わってくるようでした。

「お姉さんからは軍隊に入ればといわれています、私のお姉さんは銃の工場で働いているのです」
「軍ですか、それは国にとって、とても重要な仕事ですね、でも大変な仕事です」
「そうです、だから考え中です」
「体に気を付けてください」
「若だんなも体に気を付けて」

日本から持ってきたおみやげのお菓子を渡して別れました。
またいつかどこかで会えるだろうと思います。

マグウェ事務所


正治
(元マグウェ駐在員)

2014.11
27
Category : 中央乾燥地域

たいへんご無沙汰しております。正治です。
今回は、掘削ではなく、深井戸の修繕活動について書きたいと思います。

■ はじめに
ミャンマーの中央乾燥地には一説では約3,000本の深井戸があるといいます。
1950年代から海外の資金援助で作られてきました。中には20年や30年以上使用されている深井戸も珍しくありません。
現在、そういった深井戸が老朽化により、どんどん故障しています。使えなくなって放置された井戸も少なくありません。

そのため、深井戸の修繕は、BAJの活動の中でも大きな柱の一つです。
今年は、日本政府の資金を活用させていただき、75か村の深井戸の修繕を実施しています。

BAJがミャンマー中央乾燥地で活動を始めて15年。
活動当初から修繕活動を実施してきており、様々な経験が蓄積されています。
今日はその中でも、BAJしかほぼやらないであろう、修繕のワザを紹介したいと思います。
非常にマニアックな話になりますが、ご一読いただければ幸いです。

BAJ修繕チーム
(BAJ深井戸修繕チーム)

■ 緊急事態!
先日のチャウ郡シンカ村の井戸の修繕は困難を極めました。
この村は元々、私たちのターゲットの村ではありませんでした。
わざわざ村の住民が事務所を訪れて、BAJにヘルプをお願いしてきた経緯がありました。
自分たちで民間の修繕チームを手配したが、作業中に致命的な失敗をしてしまい、揚水自体が不可能になってしまったとのこと。
緊急事態です。「BAJなら何とかしてくれるのではないか」ということでした。彼らにとっては一縷の望みをかけた依頼でした。

修繕チームのリーダーは、さっそくシンカ村へ調査に出かけました。
調査結果から、この村の井戸の修繕は難易度が高く、成功の保証はできないことを私に語りました。
しかし反対に、私たち以外のチームでは成功は望めないだろうとも語りました。
私たちの結論は「ぜひBAJがやりましょう」でした。

さて、「難易度が高い」とはどういうことか。
いろいろな「難易度」がありますが、この村の場合は、他の民間チームが作業中に起こした失敗が大きな要因になります。

それは「揚水菅の落下」です。

通常の修繕作業の流れは、以下の工程を踏みます。
1)井戸孔内に設置された揚水菅とポンプを1本ずつ取出す
2)揚水菅とポンプに不具合がないかをチェックする
3)井戸孔内を洗浄する
4)不良部品を交換し、揚水菅とポンプの再設置をする

民間チームは、1)の段階で失敗したことになります。
揚水菅とポンプを引き揚げる途中で、それらを井戸孔に落っことしてしまったのです。

シンカ村の揚水菅は合計の長さが約180mになります。
1本の揚水菅の長さが約3m。それを櫓と滑車を使い、人力で1本ずつ引き上げて取り外していきます。
とてつもない重さで危険な作業の一つです(BAJではその引き揚げ作業をクレーン車で行います)。
それを途中で落っことしてしまったことが大問題でした。

そうなると、落っこちた揚水菅を何とかして再び釣り上げないといけません。
落っこちた揚水菅が井戸孔にある限り、新しく揚水菅を設置することもできないわけです。
揚水菅の半分以上がまだ井戸孔に残っている状況でした。
しかし、どうやって釣り上げるのか。ここで特殊なワザが必要になります。

それが「フィッシング」です。

フィッシングツール(釣り針に当たる)
(フィッシング用の特殊な部品)

■ フィッシングという技術
上記のような先端がとがったパイプをクレーン車を使って、一本ずつパイプをつないで井戸孔に潜行させます。
つまりこれは一種の「釣り針」になります。
そして、クレーン車の操縦者の感覚で、釣り針を落っこちた揚水菅のパイプに潜り込ませ、引っかけてから、釣り上げるのです。

全て見えない作業になります。しっかり食い込んだと思っても、釣り上げてみるまで分かりません。
フィッシングは運の要素が強く「難易度が高い」と修繕リーダーが言うのも頷けます。

修繕活動に欠かせないクレーン車
(BAJの修繕活動に欠かせないクレーン車)

雨ニモマケズ井戸修繕
(雨ニモマケズ…)

シンカ村の修繕作業は3週間以上かかりました。
そして、いろいろな奮闘の末に、BAJ修繕チームはフィッシングに成功したのでした。

しかし残念ながら、揚水菅の一番先端に付いたポンプのエレメント部分の釣り上げには成功しませんでした。
ですが、不幸中の幸いで、その部分は新しいポンプのエレメントを再設置すれば、揚水にとくに問題がないことが分かりました。
シンカ村の井戸は揚水不可の状態から毎時1,800ガロン(約7,200リットル)の揚水量を得るまで回復することができました。

私にとって、フィッシングの工程をつぶさに見たのは、これが初めてでした。
クレーン車を使い、底の見えない孔に向かって「釣り針」を垂らし、パイプを釣り上げる。
運の要素が強いとはいえ、今回成功したのは、修繕チームの今までの経験と勘があったからだと思います。
手前ミソですが、修繕スタッフの職人技に感心してしまいました。

すごい!


正治
マグウェ事務所・駐在員

2014.06
27
Category : 中央乾燥地域

全3回にしようと思いましたが、1回増やすことにしました。どんどん長文化しているマグウェ駐在員の正治です。

今回は、BAJの深井戸掘削の大きな特色の一つである「村落住民の協力」についてです。

BAJでは新しい深井戸を建設する際、村の人たちと「掘削地選定会議」を開きます。その名の通り村落内のどの土地に井戸を作るかを決める話合いです。大抵の場合は、会議前に村側で結論が出ているケースが多いです。逆に会議までに意見がまとまっていない場合は選定が難航します。そうした場合は村落内で合意が取れるまで掘削しません。最悪の場合、非常に残念ですが掘削をあきらめる稀なケースもあります(15年にわたる120本以上の掘削活動で1~2回ほどそういうことがあったと聞いてます)。

掘削地選定会議の様子
(チャウンバードウ村での掘削地選定会議 4月末頃)

さて、その掘削地選定会議(英語ではサイト・セレクション・ミーティング)ですが、順調に掘削地が確認されたら、次は掘削におけるBAJと村落の役割分担について話し合います。

「BAJは深井戸を掘削します」「貯水タンクも作ります」「エンジン保管庫も作ります」「諸々資機材を調達します」「では村では何を協力できますか?」 といった感じでホワイトボードを使いながら話が進んでいきます。

通常、BAJでは村の人々に掘削チームへのサポートをお願いします。それは泥水ピット作成や仮設シェルターの建設といった力仕事から、日々の食事、工程に必要な資材(砂利等)の準備など多岐にわたります。すべてをBAJでカバーしません。村人の「オーナーシップ」を高めるための工夫のひとつです。新しい深井戸がよい状態のまま維持管理されるためには「オーナーシップ=誰のものでもない自分たちの井戸であるという意識と矜持」が重要になるからです。

もちろん村の経済状況や意欲によって負担の度合いは異なります。しかし中央乾燥地域においてはどの村もとても協力的です。待ちに待った井戸だからです。そしてこの「協力」が住民たちとのコミュニケーションのきっかけにもなります。

では、今回のチャウンバードウ村ではどうだったか?
特徴としては女性と子供の参加が高いように思いました。

村の女性たちの協力

子どもたちの協力


男たちはどこにいるかというとヤシの木に登っています。この村の人たちはヤシの実で生計を立てています。毎日高いヤシによじのぼって世話をしています。重労働です。そのため男たちは女性たちに比べると掘削現場にはあまりいませんでした(もちろん毎日手伝いに来てくれている男たちもいます。彼らの協力なしには掘削できませんでした)。

子供が多かった理由はちょうど学校が夏休みだったからでしょう。6月からは学校が始まったため、掘削の終盤は大人たちを手伝う子供の姿はみられなくなりました。

掘削現場に訪れる女性と子どもたち


子供というと、どの村でも子供に人気なのはトラクターです。

トラクターがきた

一緒に乗っている子どもたち


泥水の作成のために掘削現場ではため池やほかの水源から水を持ってくる必要があります。デコボコ道を踏み越えて800ガロンの水を運びます。1日2~3回。逸水時には1日12~15回も運びます。

いつも大抵子どもたちが一緒に乗っています。しかもよく気の付く子どもたちです。率先して手伝いをしてくれます。

手伝ってくれる子ども
(こちらは昨年シャーザウンカン村での様子。子どもたちが手伝ってくれました)


彼らの自発的な「お手伝い」の心は尊いものだと思います。だけど「学校に行ってない」といわれるとショックを受ける自分もいます。チャウンバードウ村には小学校がなく、隣村の学校に通うのを途中でやめてしまう子どもも少なくありません。

何もかもよい方向に変化していくはずだと信じています。そのきっかけの一つをBAJの新しい井戸が与えられればと思います。井戸ができれば、井戸の水を売ることで村に収入が入ります。このあたりのこともいずれブログで報告できればと思います。


【おまけの写真】
タンクに腰掛ける子ども
(こちらも去年シャーザウンカン村での深井戸建設のときの風景。腰かけている子ども。にくらしいポーズですね!)


正治
(マグウェ駐在員)

2014.06
11
Category : 中央乾燥地域
前回の記事はこちら

まだ「逸水」は続いています。掘削は可能なのですがスピードが極端に落ちています。泥水も大量に消費するので効率も落ちます。じりじりとした焦燥を抱えながらも出来ることを淡々とやり続けています。

しかし泣きっ面にハチではありませんが、今度は別の問題が発生しました。泥水ポンプの破損です。くり返し言いますが、掘削は泥水を循環させて行ないます。したがって泥水を送り出す強力なポンプが必須になります。BAJが使用している泥水ポンプはワタベウェディング様よりご寄付頂いたもので、かれこれ10年近く使用している年季物です。日本製で品質が良く、スペアパーツを時々東京で買い足して使い続けています。

それがつい先日のことですが、どんどん減っていく泥水プール(ピット)を見つめていたら、とつぜん泥水ポンプのホースとポンプをつなぐ接続部がはじけ飛びました。

泥水ポンプの故障

こわれたパーツ

見ると摩耗して千切れたという感じです。とうとう来たか、どうするか、オリジナルパーツを調達するとしたら時間が掛かる、それにいくら掛かるのかも分からない。しばらく思考がとまりました。掘削も中断です。しかし、現場の掘削チームは黙って手を動かし続けていました。くっついた破片をハンマーとのみでこそげ落とし、全く別の資機材の部品を持ってきて、代用できるかを試しています。

そしてそれがどうやら成功しました。私はそれをただ見守るだけでした。

ミャンマーの中央乾燥地の困難の一つに資機材のスペアパーツが手に入りにくいという状況があります。輸入許可が必要だったり、高価で手が出ないというのが主な原因です。では、そうした部品が壊れたらどうするのか。NGOのサポートや外部の援助がなければ「持続性」は確保されないのでしょうか。半分は本当で半分は違います。BAJの掘削チームは、元々資機材の調達が不十分な状況を当たり前に対応してきた人々です。実践的な知恵で乗り切ることが彼らの通常の構えです。手に入らないパーツにあれこれ思いを巡らすよりも、手を動かしながら今あるもので試行錯誤して対応する。それが基本。

日本人駐在員としては少し複雑です。現場の実践の知恵が必ずしも当該の資機材そのものにとってよい対応なのかどうかは分からないからです。深刻な場合はもちろん日本のNGOとしてのアドバンテージを活かして高価なパーツを手配することができます(実はこれも言うほど簡単ではないですが)。しかし、何かが起こってからでは大抵遅すぎます。掘削では特にそうです。一度掘り進めたら作業を長期間ストップすることは困難です。井戸孔の形状を長期間保持することが難しいからです(また次の掘削スケジュールに影響が出るという、なかなか見逃せない理由もあります)。実際はこうした実践的な知恵がないと乗り切れません。そして「持続性」という意味では、実践的な知恵がまさしく大きな価値を持ちます。海外からの援助がないといつまでも貴重な機材を手配できないというのは状況として良いのか悪いのか。経済レベルや物流の状況が違うのだから仕方ない側面があります。途上国とはそういうものかもしれません。この国に住む人々が一番忸怩たる思いを抱えていると感じます。それに私はこうしたある種の依存が決して悪いことだとは思いません。「持ちつ持たれつ」です。むしろアジア的な感性で素晴らしいとさえ思います。日本とアジアの歴史的背景もあります。国際協力の原点に触れる部分です。しかしお金やコネがないと手配できないなんていうのは現場が持つべき認識としては適切ではないでしょう――目の前であっという間に問題を解決してしまった彼らを見ていろいろ頭が沸騰しました。

そして今日も彼らは泥のように眠るのでしょう。
(実際に泥のように眠る姿を見たことがないので失礼な話ですが)

このシリーズはひとまず終わります。逸水が一日も早く収まり彼らのこうした奮闘が報われることを日本の皆様にもお祈りいただければ幸いです。

チャウンバードウ村については引き続きブログで報告していきます。

DSC_2912.jpg


追記:
最後によけいなことを書くと実はこれは1週間ほど前に書いた文章でした。ネットや電気の不調でアップできなかったのでした。

そして、ホントの最後にうれしい報告を書きますと、6月11日現在、掘削チームは逸水に苦労しながらも帯水層に到達できました! お祈りをいただく必要はなくなりました。明後日にケーシングパイプを設置して井戸孔内洗浄を実施する予定です。水と泥水が一緒に噴き上がる様子を掘削チームと村の人たちと一緒に祝いたいと思います。


正治
(マグウェ駐在員)