RSS
Admin
Archives

BAJ★ミャンマーブログ

ミャンマーで活動するNGO駐在員の日記 (ヤンゴン、ラカイン、パアンから)

プロフィール

BAJミャンマー駐在員

Author:BAJミャンマー駐在員

~アジアに架ける橋~
特定非営利活動法人ブリッジエーシアジャパン(BAJ)は、技術訓練や収入向上支援、生活環境の基盤整備を通しアジアの困難な状況に置かれた人々の自立を支援しています。

こちらのブログではBAJのミャンマー駐在員が活動を紹介しながら日々の出来事、喜び、驚きを日記にします。

BAJホームページはこちら

最新記事
カテゴリ
リンク
月別アーカイブ
最新コメント
検索フォーム
QRコード
QR
アクセスカウンター
Powered by fc2 blog  |  Designed by sebek
2013.06
14
Category : 中央乾燥地域
ご無沙汰しております。マグウェ駐在員の正治です。

スーピーサン村の井戸の掘削が終了したのは6月1日のことですが、その前日の5月31日。
BAJの掘削チームは井戸孔内の洗浄を実施しました。

井戸孔内の洗浄は1か月以上におよぶ井戸掘り工程の花形で、この日、掘削チームはヒーローになると言われています。
→ 参照 『井戸を掘るということ』

エアコンプレッサーから細い管を通して井戸に空気を送り込んで、溜まった泥水を地上に噴き上げさせます。

およそ6~7メートルの高さまで噴き上がる光景は、いかにも「水が出た!」と思わせる派手なものです。


準備するあいだに、村の人たちから、とある話を聞きました。

村の長老たちが語るところによれば、かつてこの村には日本兵が来たとのこと。

そして大勢の日本兵がこの村で亡くなったそうです(おそらく餓死や病死でしょう)。

先日、私がきれいな風景だと思って撮った写真(下)の右奥のあたりでした。

スーピーサン村にて1
(この右奥のあたり)


1980年代には遺骨収集の人たちが来たといいます。土を掘り返して骨を持ち帰ったそうです。


こういう話を聞くと、私がここにいるのは私の意志ではなく、何か大きな歴史の流れによって「ここ」に来たのではないかと感じてしまいます。

BAJがこの村にとって3度目の日本人です。
戦争しに来て、骨を持ち帰りに来て、そして井戸を掘りに来た。「日本人」は、この村でそのような存在です。

ちなみに、この村の井戸掘削には外務省の資金を使用しています。仏教の言葉でいう「因果」というのでしょうか。
こういうことは報告書には書けません。書いても意味がないからです。

しかし、報告書としては意味がなくても、一つの歴史(物語)としては意味があるのではないかと思います。

だからここに書いているわけですが。


『アジアに架ける橋』で一番好きな場面を思い出しました。


【以下、引用】

「辺境の地、ラカイン州(引用者註:ミャンマーのバングラディッシュ国境地域)
にも、第二次世界大戦で日本軍が侵攻した」

「もちろん犠牲になったのは日本軍だけでは決してない」

「それから五十一年が経ち、縁あって私はこの地に来た。軍隊ではなくNGOとし
て。私はマウンド―に向かう船上で、戦死しなければならなかった日本軍兵士た
ちの霊に向かって祈った。

 『私たちは日本のNGOです。平和をめざして活動するために、皆さんが戦った
 この地に来ました。困難な状況におかれている人びとのために活動します。日
 本は多くの人びとが犠牲を払った戦争に負け、二度と戦争はしないと世界に誓
 いました。どうぞ私たちの活動を見ていてください。そして安らかに眠ってく
 ださい』

【以上、引用】


広漠としたアジアの風景を眺めて、父のことを思い、日本兵の人たちの悲しさを思い、私がここにいる意味を考えて、立ち尽くしました。

この村の水不足解消のために活動していますが、こうした目に見えない繋がりが、私たちの活動のバックグラウンドにあると思うと、なぜか胸が締め付けられるような気持ちになるのでした。

スーピーサン村にて2
(井戸孔内洗浄の開始)



そして空に噴き上がった泥水が私の「文学部脳」を洗い流すように降ってきて――


全身ずぶ濡れ。…


立ち尽くす場所を完全に間違えたようです。


村の人たちが手をたたいて笑っていました。



スーピーサン村にて
(泥水をかぶった腕時計)



正治
(マグウェ事務所 駐在員)
スポンサーサイト

Comment

非公開コメント